史上初・大井所属馬が米G1で僅差の2着入線

大井・藤田輝信厩舎のマンダリンヒーロー

既報の通り、大井競馬所属のマンダリンヒーローが、サンタアニタダービーに出走。勝ち馬のプラクティカルムーブに、わずかハナ差まで食い下がっての2着という快挙を成し遂げました。

私の正直な感想としては、ここまでやれるとは思っていませんでした。

前走・雲取賞では、8分ぐらいの仕上げとも言われた勝ち馬のヒーローコールに、1馬身差をつけられて敗退。サンタアニタダービーへの挑戦を考えるには、(今までの常識では)少し実績が足りないと思われていました。実際に、大井の関係者と話をしていても、同じような答えが返ってくるという状況でした。

米国サラブレッドセール攻略法

着でも拾えていればという印象

毎度日本馬が米国に来ると、その調教方法に違和感を覚える関係者から、「アレで走るのか」と言われます。今回もそのような声がチラホラあったように思います。実際私も、まさかレースの2日前に、ゲートから出すという調教を行なうとは想像もつきませんでした。こちらの関係者は、レースの前の調教でゲートを開けたらそこで終わってしまう、という考えを持つ人間も少なくないですので。

マンダリンヒーローの切り替えは半端じゃなかった

もう少しピリッとしてほしいですよね

追い切り後に、騎手の木村和士くんと話したときにも、「もう少しピリッとしてほしいですよね」と言われました。本当にそのとおりで、もう少しハミを取って、自らグイグイ行く気勢は見せてほしかったし、アメリカでの追い切りとは、負荷をかけることではなく、そういった気勢やコンディションを確認するために行なうものなので、カナダのチャンピオンジョッキーである彼が、そういうコメントをすること自体は、至極当然のことと言えました。

 

これは2019年のケンタッキーダービー前の追い切りですが、これが米国における一般的な追い切りと言えます。これとはかけ離れた追い切りの内容でした。

レースでは違う馬だった

 

レースでは違う馬だったのは、皆さんご承知のとおりです。

私も現地で観戦していましたが、いいスタートを切れたマンダリンは、木村くんに導かれて、出たなりの絶好のポジション。さすがだな、と思いながらレースを眺めていましたが、向こう正面での手応えを見ていて、「ん?ちょっと違うぞ?」と感じ始め、喉の奥深くで感じる心臓の鼓動、違和感とも言うべき感覚がこみ上げてきました。マルシュロレーヌがBCディスタフを勝った時にも、同じ感覚を覚えていたのですが、その再来です。

4コーナー回った際は最内のベストポジション。しかし、プラクティカルムーブを操るラモン・ヴァスケスもさすがで、最内の木村くんを警戒してすぐに進路をカット。

「あるだろうな、とは思ってました」

と木村くんも言っていましたが、そのプレイのために、外に出すために木村くんの追い出しが、1・2完歩ほど遅れ、結果としてハナ差の2着に惜敗という形になりました。

とはいえ、追い出しが遅れたから2着ににじり寄れたのか、遅れなかったら勝っていたのか、それは誰にもわかりませんが、入線後の脚を見ると、おそらく後者ではないかと信じたいところです。

ケンタッキーダービーの出走枠はポイント制

Road to Kentucky Derby

日本の場合にはJapan と冠名がつきますが、Road to Kentucky Derbyというポイントレースに勝ち抜いた上位20頭に、出走枠が与えられるという、特殊な形を取るのがケンタッキーダービー。日本の2.5倍以上の生産頭数を誇る、アメリカ合衆国において、ある意味、フェアな競争と言えるでしょう。

アメリカの競馬関係者ならば、誰しもが人生で一度は出走したいと願い、そのバラのレイを争奪する戦いがケンタッキーダービー。My Old Kentucky Home(ケンタッキーフライドチキンのCMでおなじみ)で、出走馬たちを迎えるあの数分間は、心の底から感動します。ケンタッキーから旅立った馬たちが、ダービーを目指して、全米各地から帰ってくる。なんともロマンのあるひととき。

ラニの場合はケンタッキー生まれ。日本に輸出され、ドバイのUAEダービーを経て、アメリカに戻ってくるさまは、まさしくこの歌にふさわしい出走となりました。

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マンダリンヒーローは、まだポイントが足りない

 

今年、もし全頭出走がかなえば、デルマソトガケ、コンティノアールとともに、マンダリンヒーローが3頭目の出走となる、史上初のダービーになります。それぞれ、父親がマインドユアビスケッツ、ドレフォン、シャンハイボビーと、全て米国産馬であることから、アメリカ人の孫が帰ってくるような感じでしょう。

実際のところ、まだマンダリンヒーローが出走するにはポイントが足りません。最悪の場合、プリークネスに向かうとのことですが、なんとかダービーに食い込みたいのが、関係者の心情でしょう。
ただツイートしたように、まだ可能性は残っていると思っています。出走したいと願う陣営の希望が叶えられることを祈るのみです。

ケンタッキーダービーは甘くない

基本は雨+Sloppy 

ケンタッキーダービーは、ほとんどのケースで雨に見舞われます。ラニの時は直前まで降って止みましたが、馬場はSloppy(重)。マスターフェンサーのときは、レース前から最後まで、ずっと降り通しでした。クラウンプライドのときは、良馬場でしたが、やはりぐずつきそうな天気が続いていたようです。

アメリカのダートは、雨が降るとかなり異質の馬場に変わります。足抜きは非常に悪くなりますし、キックバックもなお痛い。それは、チャーチルダウンズでも、サンタアニタでも、どこでも同じ。サンタアニタで根性を見せたマンダリンヒーローが、どこまで対応できるか。ドバイで快勝したデルマソトガケにも同じことが言えます。

ともあれ、全く馬場の異なる競馬場で、どこまで食い下がれるか、注目です。

そんなにWelcomeではない

自由な気風の印象があるアメリカ合衆国ですが、意外と外部からの来訪者に対して、反応が厳しい人間は多くいます。近年、問題となっているアジアンヘイトはその典型。スポーツの世界も似たようなところはあって、イチロー選手や大谷翔平選手並みに、突き抜けてしまうとヒーローになりますが、異人種に対して厳しい社会がアメリカです。

ラニが遠征した時にも、いろいろ言われました。日本の馬が勝てるわけがないだのなんだのと・・・。

マスターフェンサーが出走した時も、やいのやいのと・・・。追い切りをすませたあとも、あんなやり方で勝てるわけがないと言われましたし・・・。

メンデルスゾーンが出走した時は、ゲートが開いてからの1ハロンでかなりの不利を受け、その後はレースになりませんでした。

 

アメリカという社会は、基本は排他的なのです。
競馬の世界では、裁決委員が競馬を厳しく監視しているため、あからさまな違反は少ないですが、けっしてすべての人間が日本人に対して優しいわけではないということを、出走する人々は覚悟しておいたほうがいいと思います。

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カナダの3年連続リーディングジョッキーが手綱を握る

そんな中、言葉やフィーリングが通じやすい日本人であり、かつカナダの3年連続リーディングジョッキーでもある木村和士くんが鞍上であることは、大きなアドバンテージ。北米競馬の厳しさもよくわかっている、プロ意識が非常に高い騎手ですし、サンタアニタダービーで2着に持ってこれたのは、彼の力量によるところが大きい。唯一、そして力強い利点と言えるでしょう。

どこの国でもクラシック、なかんずくダービーに出走することの意味は大きい。優勝劣敗の世界、決められた制度の中でのことなので、甘いことは言えませんが、日本馬が出走枠を獲得する分だけ、米国馬の枠が減る。

日本ダービーに出走することも、中小の生産者にとっては高嶺の花。7300頭でもそうなのだから、17000頭の生産頭数を誇るアメリカでは、夢のまた夢。生産者にとっては、生涯一度のチャンスだったかもしれない、その機会を奪っての出走でもあるのです。主催者は馬券が売れて嬉しいかもしれませんが、ホースマンにとっては大きな機会の損失となったかもしれない。

参戦する陣営は、その重みを噛み締めて出走してほしいと思います。