イギリスで、来週月曜・火曜の猛暑注意報にしたがい、5つの競馬場での開催を見送るとの報道がありました。人馬の福祉を考えると、この決定は英断だなと感じています。
イギリス以外の国でも、アメリカ・フランス・オーストラリア等でも、猛暑日の予報が出た場合に、開催中止という選択をする競馬場もあります。地球全体として温暖化が進む中、必ず屋外で行われる競馬については、一考する必要があると思っていますが、それらについて、少しブレイクダウンしていきたいと思います。

Stats

・馬の性質

 私は獣医ではないので詳しくは言えませんが、まず、ウマが人間と違うところは、基礎体温が高く(およそ37.5~38.2℃)、また吹雪の中でも生き抜いていける「装備」である毛皮をまとっています。最近の競走馬が熱中症で、競馬の後にバターンと倒れることがありますが、そういった身体の事情もありますから、起きてしまうことは想像に難くないところです。

・夏競馬開催地の平均気温

 わかりやすいところとして、例えば福岡の過去の気温を、気象庁のウェブサイトで見てみました。
2012年7月は28.0℃、2022年7月15日現在の平均は28.9℃。ただ、この10年でも最高で30℃に達した2013年7月もありましたし、最低の25.5℃だった2020年もあり、10年間の中でバラツキがあるので、「ほら!暑くなっただろ!」とは言えないわけですが、年間を通じてみてみると、2011年の年間平均が17.1℃。(既に1年を終えている)2021年平均は18.2℃でしたから、10年で平均1℃も上がっているわけです。

 新潟でも、2012年7月は25.4℃、今日現在の平均は26.6℃。やはり2020年が最低で、23.6℃。最高は2018年で27.4℃。2011年の年間平均は13.9℃。2021年は14.5℃。やはり統計で見れば、気温は間違いなく上昇してきています。

 

合わせて読みたい:出る杭は打たない方がいい | 若手騎手の最近について考える

今起きていること

・馬が倒れる

 暑い中、冬場ならあったかく感じる毛皮をまとい、競走という、強烈に身体に負荷のかかる仕事をしてもらっています。競馬ファンならよく耳にする「屈腱炎」という、腱の損傷がありますが、競走中の屈腱の温度は、45℃にまで上昇しているそうです。厳密には言えないようですが、障害競走中に心不全を起こして死に至る馬もいますが、実際に起きている心不全は、熱中症によるものではないか、という仮説が立っているほどです(おそらく一部の馬には当てはまる)。

いま競馬場では、涼しく感じるミストをパドックに配置したり、脱鞍所横にシャワーがあったりと、暑熱対策は施されていますが、それでは追いつかない状況に追い詰められていると思います。

・人も倒れかけてる

 前述の通り、JRAの小倉競馬場も暑い競馬場のひとつ。

 未だに記憶しているのは、2016年に、懇意にさせていただいている和田竜二騎手が、クランモンタナに騎乗して小倉記念を優勝。スタートからゴールまで、ずっと追いっぱなしだったので、あのレースどうだったんですか?と、後日聞いてみたのですが、「アレだけズブい馬。ホントに追いっぱなしで、帰ってきたら脱水症状で倒れそうになっていました」とのこと。

 暑い夏。2分間の騎乗という運動。そして動かない馬を動かす腕力。もちろん、それらに加えて、ハミ・重心の支点をずらさないなど、馬乗りが普段から意識しなければならないことも全て加えて運動しているのがジョッキー。もちろんヘルメットも暑いし、身体に密着するプロテクターも暑い。おそらく、今の季節であれば、ジョッキールームでそれらを装備した瞬間から発汗していると思います。本当に大変な仕事です。

対策は?

個人的に出ている答えとしては、以下の2つです。

  • 南関東と同じように、夏場はナイトレーシングにする
  • 一定の気温以上の予報が出る場合は、開催を中止して順延する

ナイトレーシングとしての開催

 けっして非現実的な話ではないと思っています。が、越えるべき障壁は多い。

 まず、職員たちの勤務時間体系の変更が必要です。

 TCKの時間にならうと、おそらく3時間ほど出勤時間が遅くなる。イコール退勤時間も3時間以上遅くなります。TCKは東京都職員の待遇ですが、JRAは国家公務員に準ずる形なので、おそらく承認・変更には時間がかかると思います。しかし夏場だけ、もしくは、例えば34℃以上という限定であれば、承認が下りる可能性はあるのではと思います。

久しぶりの大井競馬。夜でも暑かった・・・(笑)

 もう一つは、近隣住民からの理解です。

 たとえば、アメリカ・サンタアニタ競馬場は、高級住宅街が付近にある良い立地。夏が近くなってくると暑さへの対策が必要なことは、日本とあまり変わりありませんが、雰囲気の高まるナイトレーシングを開催するには、近隣住民からの理解が得られないようです。当然、夜遅めの時間まで競馬で盛り上がる歓声が聞こえるわ、帰る人間たちのクルマが走るわで、少なからず近隣住民は迷惑を被るわけです。

ちょっと調べてみると、すべてのJRAの競馬場は、産業と住宅地の混合体なので、それぞれの近隣住民から理解を得る活動が必要になりそうですが、開催を中止したくないならば、苦労をしてでもやっていくべきではないかと思います。

開催中止〜順延

 前項でもたとえとして出しましたが、何℃以上で中止するのか。この線引きが難しいと思います。また順延するとして、いつにするのか。複数日数順延したら、どうやって年間3456レースをこなしていくのか。うかつに論じられませんね。

 土曜日のレースを月曜にするだけならばまだしも、土日ともに猛暑の場合は?平日開催は地方を圧迫するよね?等、問題は積み上がる。でも可・不可について、議論を重ねる必要はあると思っています。

 

 ここまで論じてくると、ナイトレーシングの開催が最も現実的かと思いますが、もっと良いプランもあるかもしれません。今の競馬界の問題点のひとつは、前向きかつ建設的な議論が巻き起こらないこと。面倒かもしれませんが、ひとつひとつの問題について、丁寧に、解決に向かって真摯に議論を重ねる必要があります。なぜ他国の競馬主催者が、売上も下がるのに、簡単に中止に舵を切れるのか。主催者、厩舎関係者を含めて、侃々諤々の議論を行なうきっかけが訪れることを祈りたいところです。