つまり、いらないヒストーンを切り落として、新しく作るんです

哺乳類の身体は、環境に応じて遺伝子の構成が変わる

端的に言えばこういうことです。勝手な想像ですが、どんな環境でも生きていける「G」が付く虫は、この能力に長けているのでしょうし、私の知り合いが外に置いておいた、水を張った灰皿から、見たくもない虫が繁殖していたことがあったのですが、猛毒のタール・ニコチンの海からも、発生する生命があるということは、それらの成分を無害化する or 受容して生きていけるようにする、ヒストーンの働きがあったのだろうと推察します。

進化学を修了した彼の話を、競走馬に置き換えてまとめると

  • 人間なら5年程度の時間を要するが、競走馬にもヒストーンの構成が変わるのに時間がかかる
  • 暑さ寒さや湿度、その他諸々のファクターでヒストーンの構成が変わる
  • 競走馬の寿命が人間の3分の1程度なので、ヒストーンが変化する時間も速いかも(1歳3ヶ月くらい)
  • トレーニングされる環境が良ければ、それに応じたヒストーンの置換が発生するので、関わる人間やトレーニングファシリティは非常に重要。
    → JRAのトレセンやノーザンファーム、BTC等の調教施設の充実は、筋肉を鍛える云々もさることながら、環境によるヒストーンの切り落とし・順応の意味からも、非常に重要

合わせて読みたい:「環境が馬を変化させるんですよ。それは間違いないです」その1

血統は?

もちろん競走馬を語る上で、絶対に欠かすことが出来ないファクターである血統。

進化学的にはどうなのでしょうか?聞いてみたら、彼も、私がよく使うものと全く同じたとえを引き合いに出してきました。

オリンピック選手の子供が、必ずしもそうはならないですよね。

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「室伏広治さんいるじゃないですか。彼のお父さんもハンマー投げの選手でしたが、ああいうのは大成功型で、DNAは五輪レベル、環境もそれに準じた形だからこそ、アジア人初の金メダリストになり得たと思うんです」

これ、いつも私が使うたとえなんですが、彼も全く同じことを言ったのでびっくりしました。で、それに続く意見も同じ。

「室伏さんの遺伝子を持った子供でも、たとえば外的・内的要因によって、身体がアスリートとして不十分な形と質で生まれてきたとしたら、金メダリストにはなりえなかったと思うんです。馬も同じだと思います」

血統は大事だけど、骨格や筋肉、後天的な調教環境の方が大事

近年では、血統の常識というか、固定観念を覆された馬の代表として、キタサンブラックが挙げられると思います。

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キタサンブラック

父ブラックタイドは3冠馬ディープインパクトの半兄。3歳時に皐月賞トライアルのスプリングステークスを勝ちましたが、その後は勝ち星に恵まれず引退。種牡馬入りしていました。

母シュガーハートにいたっては未出走。父が内国産馬スプリント王のサクラバクシンオー。

血統的な背景からすると、いいところマイルぐらいがレンジかと思われましたが、1800〜3200mまでこなすオールマイティな活躍。しかも、それぞれの距離のG1・G2を勝っていくのですから、ハンパではありません。

ユタカさんの好騎乗もあり、春の天皇賞ではカレンミロティックとの好勝負を演じたり、はたまた秋の天皇賞では致命的ともいえた出遅れにも動じることなく、重馬場の中を差し切って優勝。今は父となりましたが、初年度産駒から、クラシック戦線で大活躍中のイクイノックスを輩出するなど、なかなかよいスタートを切っていると思います。

そんなキタサンブラックは、ヤナガワ牧場で生まれ、日高軽種馬共同育成公社にて育成。ここの恵まれた環境がキタサンブラックの基礎を形作りました。

入厩後は、設備が揃い、坂路も傾斜が高くて距離の長い栗東トレーニングセンターで、清水久詞師のもと、スパルタ調教に耐え抜きました。進化学的には、単に負荷をかけるだけでなく、その負荷のかかる設備に合わせてヒストーンが変わり、キタサンブラックの遺伝子構造が変わったとも考えることができます。

ぜひ今後、この進化学も競走馬を取り巻く科学の研究分野に含めていってほしいところです。

卜ラヴァーズサラブレッドクラブ用に選んだランディスシティ

私が馬を選ぶ時は、血統は3〜4割ほどで、あとは実際の馬がいいかどうかで判断しています。かの馬は、馬体と歩様だけで選んだと言っても過言ではありません。

父ランハッピーは、まだ日本で未出走でしたし、半兄の活躍はあっても、半弟はまた違う生き物。4代母がジャパンカップにも出走したザベリワンであっても、脚が遅い馬は遅いのです。

ランディスシティ

アメリカ輸出前にも育成を進めてもらい、輸入後は浦河・山口ステーブル様にて後期育成。ちょっとしたトラブルはありましたが、無事に大井・森下淳平厩舎に入厩。23馬身差で優勝した新馬戦以降、3連勝することができました。

森下師は、ずっと「こんなもんじゃない。本格化は古馬になってからです」と言ってくれているので、怪我をしている今(7/26/22現在)、じっくり直して秋に備えてほしいと思いますが、まずは彼のおかげで、私が考えている馬に対する理屈の一端を証明してくれて、本当に嬉しく、また頭が下がる思いです。

競走馬は進化する

環境。おそらくは扱う人間も含めての環境、という言葉かと思いますが、それに応じて馬が進化を遂げ、強くなり、我々に感動を与えてくれる存在となる、と理解するのがスジかと思います。

逆を言えば、馬に適切な環境も与えず、不満足な調教テクニックで育成されるようなことがあれば、そのようにヒストーンも変化していくはずなわけで、その意味において、人間が馬の一生に与える影響は大きいし、下手なホースマンにハンドルされてしまう馬たちは、たまったものではありません。

今、私は馬を選ぶ立場でもあり、また調教師さんたちと打ち合わせながら、クラブ運営に関わっていく立場でもあります。はやる気持ちを抑えながら、次のレースを選ぶこともあれば、「まだまだ」と言われて我慢することもあります。

馬の成長を阻害するような人間には、なりたくないなといつも自戒しています。

馬がヒストーンを切り落とし、あらたなヒストーンを形成して、進化していくところを、楽しみに見守りたいものです。